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- 2018.11.07 Wednesday
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東京にもどってまいりまして、図書館へお散歩。
リスボン生活と東京生活の違いの一つは、
リスボンでは図書館通いがないこと。
通ったところで日本語の本はないだろうけど...
雑誌コーナーで、久々に日本語に触れた気がしました。
雑誌や本の記事のタイトルのつけ方って、押し付けがましいなぁぁぁ という印象。
「平成の子育ては、なぜ難しかったのか。」って、
平成に子育てしてたけど、そんなふうに思ったことない。
学校の教員を昭和からしてきた方が、学校教育を中心に本を書いてるみたいなんですけど、
それを「子育て」の話のようにタイトルをつけてしまうのは、学校教育者以外の人を読者に取り入れるため?
平成の子育てが難しかったのかどうか、まず、その説明をしてもらおうじゃないですかって
タイトル読んだ瞬間に反抗的な気持ちになる私。
「これからは、ちょっと誰かの役に立つ」の
「これからは」の「は」が気に入らない。
「これからは」と「これから」のニュアンスの違い...日本語を母国語にしない人には面倒なところかもしれない。
「は」があると、今まではそうでなかったことになる。
「これからは、ちょっと誰かの役に立つ」...のは誰が? この雑誌の編集部の心意気を語ってるんですか?
「これからは、ちょっと誰かの役に立ちましょうよ」と提案しているように感じるのは、私だけなんでしょうか。
(中の記事読んでませ〜ん!! しかし、ここではタイトルから感じることを話しているので内容はよいのです)
非常に余計なお世話で、今までそうでなかったと言われるようで腹立たしい。
「カーディガンとともに生きていく」...誰が?
カーディガンを着ることを生き方にしちゃってるんですね。
ものの捉え方を変えるタイトルの手法...を感じちゃう。
編集者って、こういうHow To を学びあって、結局どの雑誌も似たような印象になる。
世の中って全部そういう風にできている。
時代の流れの中で皆が同じような趣向になって、同じようなことをしている。
久々に日本にもどって、日本社会の一端を感じる、へそ曲がりで素直な私。
JUGEMテーマ:本のこと・なんでも話し